*いぬとの生活4*



*パラレル設定


許せる方のみど〜ぞ




これはまだライルが幼かった頃のお話―。




「…あのね、僕らバイバイしなきゃいけないんだって…」
「…どう、して…?」

子犬の双子が手を握り合い泣く。
片方の子犬が片割れを抱きしめ、宥めるように背中を撫でた。

「幸せに暮らすんだよ。僕も幸せになるから…」
「やだ、やだやだ、離れたくないよぉ」
「大丈夫、また会えるから!それまで我慢だよっ」
「やだよぉっ…おにいちゃぁん」
「大丈夫、大丈夫だよ…」

いつも元気よく立っている双子の耳と尻尾は、悲しみに暮れるように力をなくしていた。











「はじめまして!僕はクラウス!会いたかったよ!」
「……だぁれ?」

自身より一回り程大きな身体をした子供をきょとんと見上げる。
子供―クラウスはニコニコと笑って子犬を抱きしめた。

「今日から君は、僕の家族だ!」

朝、家族と離れ離れになってしまった子犬は、その日のうちに新しい家族を得た―。





育った場所とも今日でお別れ。
寂しくないわけではなかったが、クラウスという子供が強く手を握るから子犬は泣かずにいられた。
クラウスと雰囲気の似た男性が微笑みながら車のドアを開き、二人を中へ招く。
後部座席に乗り込んだのを確認すると、男性は緩やかに車を発進させた。

「っふあ…すごーい」
「車は初めて?」
「なぁに?この早いの!」
「車だよ。すごいでしょ!」
「うん!」
「ははは、車が気に入ったみたいだね」
「パパの車は古ーいののれぷりかなんだよ、凄いんだよ!」
「れぷ…?」
「まぁいいさ、そんなことよりクラウス、その子に名前をあげるんだろう?」
「あっそうだった!あのね、君の名前はね…」

クラウスは子犬の大きな碧の瞳を見詰め、伝えた。

「らいる。今日から君はライルだ」
「…らい、る?」
「そう、君の名前はライル。僕と家族になろう」
「かぞく…」

今まで呼ばれていた名前とは違う。
全てに決別をつけなければいけないのだと、子犬は悟った。
クラウスにぎゅう、と抱きしめられ、ライルはその優しい匂いに安心し息を吐く 。
クラウスの背中にそっと腕を回し、擦り寄った。

「うんっ」
「良かったぁ!これからよろしくね、大切にするからね!」

クラウスはその時の言葉に違うことなく、ずっとライルを大切に育てていた。














「いやぁ、大きくなったなぁ」
「ん?」
「ふふ、あまり食べない方なのに、ちゃんとここまで大きくなってくれて嬉しいよ」

犬の名前はライル。
ライルの柔らかな耳を弄りながら微笑む青年の名前はクラウス。

二人は二十歳になっていた。
クラウスが16の時にライルを連れて実家を離れ、二人暮らしを始めてから4年が経つ。

「ちゃんと食べてるよ!」
「そうかなぁ、例えば朝のパンは私は二枚なのに君は一枚だろう?」
「クラウスが朝から食べ過ぎなんだろー。だいたい俺は朝から出掛けることもないし、そんなに腹減らないんだよ」
「それもそうか…?まぁとにかく、今日はたくさん食べなさい。ドライブに行く からね」
「!」

ドライブ、その単語を聞いてライルの耳はピンと立った。
喜びに尻尾が揺れる。

「草原に行くからたくさん走れるぞ」
「楽しみ!」

姿形はヒトでも、身体能力は動物そのもの。
たまに広い場所へ行き存分に身体を動かさないと腐ってしまう。
毎日夕方に散歩に出ているがそれだけでは足りないのだ。





草原で跳ぶように走り回るライルを眺め、クラウスは満足げに微笑む。
散々フリスビーを投げた右腕が怠いが、ライルの笑顔に心は満足感に満ち溢れていた。

「ライルー、あまり遠くにいくなよー」
「わかってるー!」
「見えるとこにいなさい」
「オーライ!」

幼少の頃、兄弟が欲しいとごねた自分に与えられたのは獣人の子犬。
獣人保護施設で遠くから見た子犬は、とても愛くるしく、クラウスはすぐさま「 あの子がいい」と言っていた。

クラウスがライルを見た時はライルは一人だったのだ。
だから兄弟がいるなんて知らなかった。

「…中々見つけられないな…」

暫くしてから知った事実。
ライルには双子の兄がいて、自分より少し先に施設を出て行ったと。
ライルは兄の話しをする時はとても幸せそうだった。
小さい頃は何回も会いたいと言っていたが、ここ数年間は話題にものぼらない。

でも最近、ポツリと
「兄さん、元気にしてるかなぁ…」
と呟いたのを聞き逃さなかった。

「遠くに引き取られてしまったんだろうか…」

ライルに、兄に会わせてやりたかった。
施設に問い合わせたところ、数年前に大幅に改装したため古いデータは残っていないらしい。
双子だったということでライルの写真を施設周辺で見せてまわったが、やはりなにも情報はなかった。

探偵を雇おうにも金が足りない。

「……無力だな、私は」

これも最近になって知ったことだが、母はクラウスを産んでから子供が産めない身体になってしまったため、クラウスにねだられた時に獣人を飼おうと決めたらしい。
普通の動物では兄弟にはなれないだろうから、と。

兄弟を欲した自分が、結果的に仲の良い兄弟を引き離してしまった。
そうクラウスは思い悩み、兄を捜そうと決心したわけだが。

「見付からない」

抜けるように青い空を仰ぎ、目を閉じる。

自分に幸せをくれたライルを、幸せにしてやりたいのに。




「クラウス…?」
「んっ?あ、あぁどうした?もういいのかい?」
「うんん…大丈夫か…?」

いつの間にか目の前にいたライルが耳をへたりと下げて心配そうに覗き込んでいた。

「…すまない、心配させたな」
「具合悪い?」
「いいや、なんともないよ。少し考え事さ」
「…くらうすー」

むぎゅ、とライルが正面から抱き着いて頭をぐりぐりと肩に押し付ける。

「ははは、どうした?くすぐったいだろ」
「きゅうん」
「甘えたいのか?ほら」

頭を撫でて、耳の付け根を擽ってやる。
ライルは甘えた声で鳴きながら腕の力を強くした。

「こらこら、苦しいよ」
「クラウス、俺今すっげぇ幸せ」
「……え?」
「俺のこと愛してくれてありがとな、クラウス」
「ライルッ…!そんな、私の方こそ感謝してる、私の傍にいてくれてありがとう …」

ライルは幸せだと言った。
大好きな兄から引き離したクラウスを責めることなく、純粋に好意を寄せ、甘えてくれる。
クラウスの腕の中で、幸せだと言う。

「本当に…ありがとう…」
「こっちの台詞だっての!なーにナイーブになってたんだ?ほらほら、フリスビ ー投げてよ!」

パッと快活に笑ったライルがクラウスの腕を掴み立ち上がらせ、遊んでとねだった。
クラウスは苦笑しながら右腕を揉む。

「またか?右腕が限界なんだが…」
「まだまだ!たっくさん遊んでくれないと、アンタのベッドに潜り込んでやる」
「おや、それは大歓迎だが?」
「え?!なにそれっ」

いつも叱るじゃんかー!と喚くライルの頭をぐしゃぐしゃに撫でて、予告なしにフリスビーを放り投げた。















幸せな時間はいつか終わりを告げる。
なんとかその幸せを繋ぎ止めようと思っていても、抗うことは難しかった。





クラウスが大手企業に入社してから二年。
上司からほのめかされていた出世話が現実味を帯びてきた。

「……いや、しかし…」

とある国のパンフレットを見ながら頭を抱える。
そこに書かれている文章がどうにもいただけない。

“獣人は我々の友ではない。敵である。”

「…何故…こんな…」

獣人差別、世界規模で見ると少なくはないが、よりにもよって赴任先がそんなことになっていなくてもいいだろうに。

「…クラウス?」
「っ…ん?」
「そろそろ夕飯の時間だろ?手伝いにきたんだけど…」
「あ、ああそうだったな。すまない。今日は作る気力がなくて…ピザでも構わないかい?」
「ん、オーライ。俺ピザ好きだもん」

そう言いながらも揺れない尻尾を見付け、クラウスは眉を寄せた。

「ライル、おいで」
「んー?」

素直に寄ってきたライルを抱きしめ、頭を撫でる。
ゆっくりと揺れだした尻尾に胸を撫で下ろしながらも、心はまだざわめき立っている。

『私はライルを置いて行くのか…?父さん達に預けるか?しかしいつ戻れるかもわからない…。お兄さんを見付けると約束したのに、まだ見付けられてもいない ッ…』

強く強く抱きしめられながら、ライルは動物的第六感で全てを感じとっていた。
















「よし、と」

古びた首輪を初めて自ら外し、リビングのテーブルに置く。
そっとその首輪を指先で撫で微笑んだ。

「…今までありがとうな、クラウス。幸せだったよ」

ズボンの中に無理矢理押し込まれた尻尾が窮屈そうにしている。
揺れることはないだろう。
フードを目深に被り隠した耳。
パッと見ただの人間だ。

「…兄さんのことも探してくれてありがと。…さて、行くかね」

ライルは静かに家を出た。














季節は秋。
もう冬に近く気温は低い。
ライルは公園の植え込みの裏に力なく跪づいた。

「はあっ、は!はっ…あ、はぁッ…」

保護施設に連れて行かれるわけにはいかない。
もしかしたら、いやきっとクラウスは自分を探しているだろう。
各獣人保護施設に根回しをしているはずだ。
住んでいた場所からだいぶ離れはしたがどうなるかわからない。

「うあ…だ、るぃ…ハハッ…」

数ヶ月に渡る逃亡生活で身体はもうボロボロだった。
怠くて仕方ない。
もう動けない。

「…死体になって、帰るのも…嫌、だなぁ…」

クラウスは酷く傷つくだろう。
そんなことは嫌だ。

「…うー…で、も…も、だめだ…」

薄れゆく意識の中脳裏に浮かぶのは
幼い兄の笑顔とクラウスの優しい笑顔。

幸せだよ、幸せになったよ、幸せにしてもらったよ…

ライルは二人に胸中でそう呟き、瞼を閉じた。









「……ぃ、……おいっ!」

耳を打つ綺麗な声。
暖かい背中、優しい匂い。


ライルはふわりと表情を緩めた。


新しい幸せの足音がする。





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お待たせしました、前のご主人様登場です!(笑)
みなさまのご想像通りだったかと思います^^;

そんなこんなで刹那と出会うまでのライルでした。

クラウスはライルに危ないからと家事はさせませんでした。
もの凄い過保護です。
でも同じベッドには入れてあげません、躾です!(笑)

ライルが家出をしてからクラウスはライルを探すために色々しますが
程なくして海外赴任してしまいます。
ライルのドライブ好きはクラウスと出会ったことからでした^^
ドライブで見る流れる景色も大好きですが、車で連れていってもらえる場所が大好きという理由も大きいみたいです^^






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